【GOOD NEWS NEIGHBORS -北海道・道東編-#1】津別町。『クマヤキサブレ』に導かれて町の歴史に触れる旅
GOOD NEWSが各地を旅するなかで出会ったお店や商品を紹介する「GOOD NEWS NEIGHBORS」という新しい企画が始まります。今回訪れたのは北海道の東部に位置する道東エリア。この地域で「理想を実現できる道東にする」というヴィジョンを掲げて活動するクリエイター集団『ドット道東』のメンバーに案内してもらいながら、お菓子作りをする生産者の方々を訪ねました。これまで何度もドット道東と旅を共にしてきたライターの阿部光平が、その模様をお届けします。(文章:阿部 光平/写真:崎 一馬)
一般社団法人ドット道東
2019年5月創業。北海道の東側・道東地域を拠点に活動するソーシャルベンチャー。広大な道東地域に点在するヒトモノコトを掛け合わせることで新しい価値を生み出している。
阿部光平
編集者・ライター。5大陸を巡り、旅行誌で文章の仕事を始める。地元・函館と各地を行き来しながらローカルメディア『IN&OUT-ハコダテとヒト-』を運営。2023年に函館旧市街での暮らしをまとめた雑誌『生活圏』を発行した。
津別町。『クマヤキサブレ』に導かれて町の歴史に触れる旅
ドット道東の中西拓郎さんからの連絡は、いつも大きなワクワクと少しの不安を伴ってやってくる。
今回は「新千歳空港にあるGOOD NEWSさんの店舗で道東のお菓子を置いてもらうことになって、代表の宮本吾一さんと一緒にお菓子屋さんを巡るので、その様子をレポート記事にしたい。だけど、どんな話を聞いて、どういうアウトプットにするかはまだ決まっていない」という内容の連絡だった。
要するに、現地に行ってみて考えようという話だ。暗闇を手探りで進むような不安はあったが、それよりもお菓子をテーマに道東を旅するという好奇心が勝った。
旅のスタート地点は女満別空港。ここから車で南下してオホーツク地方、十勝地方、釧路地方を巡っていく。
今回の道東ツアーは2日で5組の生産者さんを訪ねることになっていた。2日で5組と聞くと比較的余裕のあるスケジュールに思えるが、ここは北海道。総移動距離は300kmを優に超える。とにかく移動が長いのだ。
那須からやって来た宮本さんと合流した我々は、挨拶もそこそこに最初の目的地であるオホーツクの津別町へと向かった。
津別町は面積の約8割を豊かな森が占める、人口4000人ほどの町だ。市街地ではエリアリノベーションが進められており、空き家を利活用したゲストハウスやコワーキングスペースなどが次々と誕生している。
僕も津別には何度か来ているが、その度に新しいお店やプレイヤーが増えていて、自分たちで自分たちの町を楽しくしていこうという気概を感じる。北海道で最後に開拓された土地といわれていることもあり、今も自ら道を切り拓いていく精神性が根付いているのかもしれない。
この町でお会いしたのは、北海道つべつまちづくり株式会社の北角春輝さんと萩原由美乃さん。津別町のお土産品として人気の『クマヤキサブレ』の製造・販売を行っている。
おふたりの事務所にお邪魔して、まずは中西さんが今回の企画趣旨を説明する。それを受けて「今日は貴重な機会をありがとうございます」と挨拶した宮本さんは、おもむろに「最初に僕の生い立ちから話をしてもいいですか?」と切り出した。予期せぬ展開に思わず前のめりになる。
そこから宮本さんは、自分が東京から那須に移住した経緯や、そこで始めたファーマーズマーケットのこと、酪農家の方がバターを作る際に出るスキムミルクを活用して『バターのいとこ』というお菓子が生まれた背景などを、じっくりと時間をかけて説明した。
単なる情報の伝達ではなく、感情や熱量を伴って語られる話を聞きながら、これこそが今回の旅の目的なのかもしれないと感じた。
取引先の会社まで足を運び、自らの口で想いを伝える。そうすることでしか築けない信頼関係というのが確かにある。
「新千歳空港で商品を取り扱わせていただくにあたって、僕らは作り手の方々の想いを伝えることに重きを置きたいと考えています。いろんな人が活躍する場になっていくことは、僕たち自身にとっても大きな価値があることなので。だから、まずは関係値ありきで一緒にお仕事させていただけたらなと思っています」という宮本さんの言葉は、どんな企画書よりも雄弁に彼の真剣さを物語っていた。
新千歳空港に置いていただくクマヤキサブレとは、どのようなお菓子なのだろうか。その誕生背景について、萩原さんは次のように説明してくれた。
「もともとは津別にある『道の駅あいおい』で、元祖クマヤキというお焼きが販売されていました。だけど、日持ちしない商品なので、お土産として持って帰れるものとしてサブレが作られたんです。クマヤキの弟分みたいな感じですね。これをきっかけに津別のことを広く知ってもらって、今度は元祖を食べに来てもらえたらいいなと思っています」
売って終わりではなく、それをきっかけに町に人が来てくれるようなお菓子。クマヤキサブレには、そんな想いが込められていた。それならば年間に1500万人以上が訪れる新千歳空港は、絶好の出会いの場となるはずだ。
そんな話をしていると、宮本さんから大胆な提案が飛び出す。「最初は道東のお菓子屋さんの商品を一緒に並べようと思ってたんだけど、期間を分けて、それぞれの商品だけで棚を作るのも面白いかもね。『今月は津別のクマヤキサブレ祭りです』みたいな(笑)。この黄色い箱がたくさん積まれてたら目立つし、可愛いよね」
こうして現場の会話から新しい可能性が生まれるのも、同じ空気感を共有できる対面ならではの展開だろう。「関係値ありきで仕事をしたい」という宮本さんが思い描いている理想の一端を垣間見た気がした。
物理的な距離は人を隔てるが、それを超えて行くことは精神的な距離を近づけてくれる。そんなことを実感させられる場面だった。
「せっかくだから、クマヤキサブレの兄貴分にあたる元祖クマヤキも食べに行ってみてください」という北角さんのオススメで、『道の駅あいおい』まで行ってみることに。そこでは壁やトラック、自動販売機にまで、至る所で可愛いクマヤキが出迎えてくれた。
幸運なことに館内では中西さんの知り合いで、道の駅あいおいの運営をする株式会社相生振興公社の伊藤同さんと会うことができた。伊藤さんによると、元祖クマヤキは道の駅あいおいのオープン後に作られた商品だが、そのルーツは100年前にまで遡るという。
「この地域ができた頃から、ここには豆腐屋さんがあってね。だけど、後継者がいなくてやめてしまうことになって。それを道の駅あいおいで引き継いで、ここでは20年前の開業時から豆腐を作ってるんですよ。その豆乳で何か新しい名物を作ろうってことで生まれたのが、元祖クマヤキなの。これは水を1滴も使わず、豆乳で生地をのばして作ってるんだよね」
なんと元祖クマヤキは、この地で100年の歴史を持つ豆腐の兄弟分ともいえるお焼きだったのだ。あのしっとり柔らかい食感と豊かな風味は、豆乳だからこその味わいだったのかと妙に納得がいった。
もともとはキツネやフクロウという候補もあったが、この辺りがクマの通り道だったことから、親しみを込めて今の形になったのだという。伊藤さんが「クマって怖いイメージがあるじゃない。だけど、人から愛されるクマになるようにって大西さんがデザインしてくれたんです」と話すように、今では各地の催事にも呼ばれる人気商品となっている。
お菓子の話を聞きに来たつもりが、気づけば津別町のルーツに触れる旅になっていた。まるでクマヤキサブレに導かれたかのようだ。クマヤキサブレをきっかけに津別を知った人は、ぜひともここまで足を運んでみてほしい。
オホーツク・津別町の道の駅で大人気の元祖クマヤキ。ドット道東も親交のある津別町在住の造形作家・大西重成さんによるデザインで、元祖クマヤキは道の駅を訪れた方はもちろん、全国の物産展でも大人気。その美味しさと可愛さが、そのまま焼き菓子になったクマヤキサブレをぜひ楽しんでいただきたいです。