• NEWS
  • 「稲とアガベ」と辿った、食の循環を表す早苗饗(さなぶり)の物語
NEWS一覧

SHARE

「稲とアガベ」と辿った、食の循環を表す早苗饗(さなぶり)の物語

風味がよく、栄養価も高い食材。でも、昔に比べると家庭での使い道も、使う機会も少なくなって、いまでは年間に何トンもの量が廃棄されるようになってしまった。そんな食材にまた価値をつけることができたら、どんなにいいでしょう。

日本酒造りの業界における「酒粕」は、近年そうした「価値があるのに廃棄される食材」になっていました。ただ、その現状を悲しむだけでなく、うまく利活用して新しい食を生み出そうとする人たちもいます。

僕たちが出会ったのは、秋田県・男鹿で酒造りに取り組む「稲とアガベ」。酒粕を利活用した商品づくりに取り組んできた彼らは、いま私たちGOOD NEWSと一緒にお菓子づくりをはじめています。

「稲とアガベ」の日本酒づくりから出る酒粕を活用し、GOOD NEWSが製造するあたらしいレモンケーキ『早苗饗レモン(さなぶりれもん)』

私たちGOOD NEWSは、「食材の利活用」だけに止まらない彼らの活動と出会ってから、その取り組みの意義に強く共感するようになりました。男鹿にあたらしい酒蔵を立ち上げた彼らは、いまや酒造りに止まらず、ラーメン屋さん、お土産屋さん、一棟貸しの宿、ホテルにスナック……と、まちの新しい機能を次々と生み出しています。

1つの酒蔵が、なぜいくつもの新しい事業を展開するのか? なぜ、秋田県外の企業とともにお菓子製造にも取り組むのか。その背景には、「まちがなくなるかもしれない」という危機感と、同じ土地のなかで営みを循環させる、まちづくりへの想いがありました。

GOOD NEWSが共感した「稲とアガベ」の想いに改めて触れ、『早苗饗レモン』が生まれた土地の背景を知っていくため、代表・宮本吾一は男鹿の街を訪ねました。そんな取材の紀行文をお届けします。

<取材した人>
●稲とアガベ 代表・岡住修兵さん
稲とアガベ株式会社代表。2021年に秋田県男鹿市で「稲とアガベ醸造所」を設立。自然栽培米を使用した新ジャンルの酒「クラフトサケ」を造る。2023年には食品加工所「SANABURI FACTORY」を立ち上げ、廃棄される酒粕などの食材の利活用にも取り組む。

<書いた人>
●GOOD NEWS 代表・宮本吾一
株式会社GOOD NEWS代表。2018年にスキムミルクを活用したお菓子『バターのいとこ』の製造をスタート。その後も、ホエイや酒粕といった地方にある未利用食材を活用するお菓子づくりを行う。

●早苗饗レモンとは?
酒造りで廃棄されてしまう“酒粕”を利活用したレモンケーキ。秋田県男鹿でクラフトサケ醸造所を軸にまちづくりを行っている「稲とアガベ株式会社」とタッグを組んでつくる、新しいお菓子です。

▶︎お菓子『早苗饗レモン』についての記事はこちら

約2万3000人が暮らす土地、雄大な男鹿半島を見に行く

宮本吾一です。僕は「稲とアガベ」に出会ってから、男鹿に何度も足を運んできました。

ただ、いつも岡住くんに会うために来ているので、車で男鹿駅前まで来て、醸造所を見学したり、まちにある飲食店でお酒を飲んだりするばかりで、男鹿のことをあまり知りませんでした。

「稲とアガベ」の取り組みや、代表の岡住くんが考えていることを本当に知るためには、駅前だけじゃなくて、男鹿半島という土地のことを知らないといけない。そう思った僕たちGOOD NEWSチームは、男鹿を知るための旅をすることにして、秋田駅から車を走らせました。

秋田県の海沿いを走ると、海から吹く強い風を利用した風力発電の風車がずらりと並んでいるのが見えます。

日本海に大きくせり出した「男鹿半島」は特に、海との関わりが強い土地です。そういえば、僕は「半島」の風景をちゃんと見たことがありません。僕たちは、男鹿半島を一望できる場所へと向かいました。

訪れたのは、寒風山展望台。秋田市から男鹿半島へと続く海岸線を臨むことができます。どこまでも続く水平線と空は半天球に見えて、ダイナミックな地球の丸さを感じることができました。

火山活動によって生まれた島と、本土の河川から流れてくる砂地が繋がることでできた「男鹿半島」の風景。いまは田んぼになっている「八郎潟」は、かつて人の手によって干拓されたものだといいます。地図の上で見ていた男鹿半島の形も、こうして目の当たりにすると違った感動があります。

何万年も前から長い時間をかけて育まれてきた土地の上に、人々が暮らしているんだなと思えます。それってすごいことだな、と思います。

展望台に展示されていた、男鹿半島の模型。この広大な半島に、約6万3000人の人が暮らしている(出典:「男鹿地域半島振興計画」平成28年2月

その後に訪れた「入道崎(にゅうどうさき)」「八望台(はちぼうだい)」という2つの場所もまた、自然の雄大さを体で実感できる風景でした。

これまで、「男鹿」と聞いて僕たちが想像するのは、駅前にある少し静かな街並みでした。でも、こうして半島の風景を見たり知ったりしたことで、違う印象を持てるようになった。僕のなかの男鹿の印象は、自然豊かな“地球を感じられる雄大な土地”になりました。

稲とアガベが語る「男鹿のまちがなくなるかもしれない」という危機感と、この半島に暮らす約2万3000人の未来は、大袈裟でもなんでもなく、繋がっているのかもしれないと思いました。

男鹿のことを少しだけ知る1日を過ごしたあと、僕たちはまた岡住くんに会いに行きました。

「応援したくなる会社」であるために。岡住くんと男鹿の関係性

稲とアガベは、旧男鹿駅前で醸造所を営んでいます。かつてはたくさんの人が乗り降りしていた駅舎の建物をリノベーションして、今度は「美味しいお酒を造り、飲める場所」として、また人が集まる場所にしようとしている。

「稲とアガベ」代表の岡住くん。醸造所を案内してくれました

岡住くんは、稲とアガベの新しいお店や、新しい場所をオープンさせるとき、「少しずつでも、まちのシャッターを開けていくことに意味があると思う」と話してくれます。

実際に、彼らが開いたお店によって賑わいが生まれているとも思います。お昼過ぎ、稲とアガベが駅前にオープンさせたラーメン店「おがや」の前を通ったときには、たくさんのお客さんが列をなしていました。

2021年に旧男鹿駅前の醸造所を立ち上げてから、かなり早いスピード感で周辺の拠点を増やしてきた彼ら。ラーメン店「おがや」、一棟貸しの宿「ひるね」には僕も遊びにいかせてもらったし、これからはじまるというジンの蒸溜所や、スナックがオープンするテナントも見せてもらいました。

駅から歩いて数分の場所に、スナックのオープンを予定しているそう
鉄工所だった倉庫を借りて、ジンの蒸留所をつくる予定。すでに着工中とのこと

これだけたくさんのお店や拠点をまちにつくるのって、本当に大変なんです。体力もいるし、判断しなきゃいけないことも多い。ただ、それを進めてきた岡住くんは、「まちの人たちからネガティブな感情をぶつけられたことはほとんどない」といいます。

「レストランは価格帯も高いし、地域の人たちからも『私たちはお客さんじゃないね』みたいに言われることもあったけれど……ぼくは地域の人にも僕らのお店に来てもらいたくて」。

駅前にひらいたラーメン屋さんのラーメンも、岡住くんが素材と作り方にこだわり抜いてつくったもの。でも、それを980円で提供しているんです。

「レシピ開発に協力してくれた『一風堂』さんからは『1500円とれるラーメンができた。観光地だしそのくらい取ってもいいんじゃない?』って言われていました。でも、それだとランチに来づらいじゃないですか。いろんな事業をやって、地域の人たちと繋がることが大事だと思うので」

特製チャーシューやトッピングがついて980円の「男鹿塩ラーメン」

「だから、新しい場所をつくるときにはいつも『地元の人たちはこの場所に来てくれるかな』って考えます。地域の人たちにも『男鹿でがんばってるやつを応援したい』って気持ちが溜まってきているのを感じていて、とてもいい関係性でやれてるんじゃないかなと。地元の経営者の人たちも、『岡住にばっかり任せてられねえな!』って言ってくれていて。『いまこそネイティブ男鹿衆が立ち上がる時だ!』なんて話して、実際に地域の人たちの手で居酒屋が再開したりもしてるんですよ」

岡住くんのやりかたが、地域に受け入れられている。そこには、「受け入れられる企業」であるための努力があったようです。

「出る杭は打たれるって言うけど、打たれないためには出過ぎるしかないと思ってました。男鹿の人たちはいま、僕らの杭を見守ってくれてる」

男鹿駅前にある製造拠点兼ショップの「SANABURI FACTORY」。2階ではさまざまな生活用品や作家もののインテリア商品などが並ぶ。

「昔は、『何もない自分を秋田が受け入れてくれた』と思っていました。でもいまは、受け入れたいと思われる自分たちじゃないといけないなと思う。いくら頑張っていても、外から人を呼んで自分たちだけ儲けるとか、地域に迷惑をかけながら事業をするようだと、みんなも応援したくないですからね」。

道中、何気なく質問をしました。「男鹿の人は、秋田によく出かけるの?」と聞くと、岡住くんは「気軽に行くんじゃないですか?男鹿だけだと、普通の生活は出来ないですから」と答えた。岡住くんは、男鹿だけで「普通の生活」ができるようにするために、動き続けているんだと思いました。

「まちが無くならないようにする、って大きなパワーが必要で。せっかくパワーを注いだから、その足を引っ張るようなことはしないです」と岡住くんは話します。

男鹿で買えないものを扱う店を営むのも、平日の昼に気軽にいけるラーメン屋さんをやるのも、遠方から遊びにきてくれた人たちが夜の男鹿をゆっくりと過ごせるように一棟貸しの宿をやるのも、全ては「男鹿のまちの未来をよくするため」に繋がっている。改めて、岡住くんがやっていることは“酒づくりを通してまちづくりをする”ということなんだと思います。

クラフトサケのイベント「猩猩宴 in 男鹿」が開催されていたこの日。夕方になると、新男鹿駅前の広場にたくさんの人が集まって、盆踊りを踊っていました。この賑わいもまた、数年前まではなかった風景なのかも。

古くから続く“早苗饗”が、循環する食の象徴になる

「酒づくりに欠かせない、水源も見てきてもらえると良いと思うんです」。そう言ってくれた岡住くんの言葉通り、僕たちは寒風山から流れ出る『滝の頭湧水』を見に行くことにしました。

男鹿駅から車で走ること約15分。寒風山の北側にある「滝の頭水源浄水場」に車を止めて、ゆるやかな山の斜面を上がっていきます。

山の斜面から湧き出る小さな湧水が、美しい水源となってまちに引かれていく。岡住くんによると、この湧水は過去に降った雨水が寒風山の地中深くを通って濾過され、数十年という長い時間をかけて、地下水として湧き出てきたものなんだそう。

「僕たちは、数十年かけて山が綺麗にした水で暮らしているんですよ」。稲とアガベがお酒をつくることにも、農家の方々がお米をつくることにも、必要とされている水。

ここでもまた、自分達の暮らしと、雄大な自然の循環が繋がっていることを意識せざるをえませんでした。

寒風山から男鹿のまちなかへ戻る途中にも、田園風景が広がります。

「そういえば、“早苗饗”には深い意味があるんです。吾一さんには何度か話したけど、話した時には酔っ払ってたから……(笑)覚えていますか?」

申し訳ないけれど、僕はこのときまで岡住くんの話を忘れていて、そのぶんはじめて聞いたみたいに感動しながら聞きました。

僕たちがつくるレモンケーキの名前にもなった「早苗饗(さなぶり)」は、秋田の農家の人たちが田植えを終えて、一息ついた時期にひらく宴会のこと。作物を育てる人たちの祝いの言葉が素敵だと思って、商品の名前にもつけさせてもらっていました。

「昔の農家の人たちは、酒蔵から酒粕を買い取ってくれていました。酒粕を蒸留した残渣(ざんさ)が稲作の肥料になるからなんですけど、蒸留したあとの液体は、いわゆる『粕取り焼酎(かすとりじょうちゅう)』になる。別名、『早苗饗焼酎』ともいいます。田植えのあとの早苗饗って、実はその早苗饗焼酎をみんなで飲むことだったんですよ」。

この話を聞いて、「早苗饗」という言葉には僕たちが想像している以上に重要で、僕たちが大切にしたい考え方が込められているんだとわかった。

酒をつくるのに出た酒粕が、次の米をつくるための肥料になり、田植えを終えた農家さんたちを労うためのお酒になる。酒造りと稲作と、人が働くということの営みがすべて繋がっていて、一つのサイクルになっている。「サーキュラーエコノミー」という言葉が生まれるずっと前から、男鹿では土地から生まれたあらゆるものが循環して、経済と暮らしを作っていた。食を通して循環する営みが、ずっと昔から起きていたんだと感じられて、僕は身震いするような気がしました。

稲とアガベは、僕たちと一緒にレモンケーキをつくる前から、酒粕を利活用した商品「発酵マヨ」などをつくっていました。彼らがやろうとしているのは、まさに現代の設備と環境のなかでもう一度「早苗饗(さなぶり)」をやるということなのかもしれません。

『早苗饗』という言葉自体に、「酒造りと農業からはじまる、循環する営み」というイメージが込められていくといいな、と思います。

男鹿の酒蔵が、プロダクトをつくる理由。ローカルトゥローカルの時代に向けて

多くの田舎の人は、「地方には何もない」と言います。でも、僕はそれを余白だと思う。

だって、普通なら駅前の一等地にあたらしく酒蔵を作ったりなんてできないし、ラーメン屋だって駅前に開店するのは費用がかかって難しい。同じ土地と物件を見て「やれる」と思えるなら、やれるのが地方だと思います。「ここに店を出しても何も起きないでしょ」と思わずに、ポジティブな未来を描けるかどうか。

岡住くんは、秋田に救われたと話しながらも、「男鹿にとって、自分という機能が必要だったんだと思う」とも話していました。男鹿にある自然資本をうまく使って、地域の魅力を引き上げていく人が必要とされていたから、岡住くんは男鹿で事業をやることになったのかもしれない。

地方には、すでに伝統や、祭りや、自然があります。それが食にも繋がっている。食をプロダクトに落とし込むことで、その土地の魅力や、時には土地の課題までも伝えるメディアになっていくと思っています。それは地方から東京に出ていくだけじゃなく、ローカルからローカルへと渡っていくことも必要で。

僕はいつも、「田舎には何もない」という言葉を聞くたびに、「ありすぎて内からは見えづらいんじゃない?」と思ってしまいます。編集する人がいれば、元々あった魅力は外に向かって届いていくはず。

岡住くんは間違いなく、男鹿という土地を編集して伝える人になっていると感じます。

会いに来たいと思う岡住くんがいることも、僕にとっては男鹿に来る理由になっています

ただ、彼はいまの状況がベストだとは思っていない様子。「僕の会社ばっかりがこの街でいろんなものを展開している状況って、街としては面白くないと思うんですよ。僕の思想がこもったものばかりが街にあるのって片手落ちというか。いろんなプレーヤーがいろんな考えを持って、いろんなものが多様にある町に僕は住みたいと思うし、そんな町で人と切磋琢磨して暮らしていきたいと思うんです」。

この言葉を聞いて、僕たちが男鹿に関わる意味に、改めて気づいた気がします。男鹿の酒造りと農業の文化が、「早苗饗レモン」というお菓子に変わって全国に広がることで、男鹿というまちのエネルギーが外に伝わっていく。

お菓子の物語を伝えることが、課題を抱える土地の物語を伝えることに繋がる。知られることが、土地にとっての支えや力になる。

お菓子を売る一人一人の言葉で、その背景にある物語を伝えていくことが、「土地の未来を変える力」になっていくんだと、僕は信じています。

宮本吾一

APPLICATION

みんなが繋がる、広がる、続けるまちづくりアプリ

アプリをダウンロード&会員登録でGOOD NEWSでお買い物すると、サステナブルポイントがお買い物額の1%貯まります。貯まったポイントを、GOOD NEWSの取り組むサステナブルアクションに運用させて頂くことで、皆様の日々のお買い物を「持続可能なまちづくり」に繋げていきたいと考えています。

ダウンロードはこちらから。
ご利用はすべて無料です。

みんなが繋がる、広がる、続けるまちづくりアプリ