おいしい、が生み出すやさしい循環。スキムミルクと、ホエイと、酪農の未来。
7月初旬、本格的な夏を迎える前の北海道・美瑛。牛たちがのんびりと暮らす見渡す限り一面緑の農場に、さわやかな風が吹き抜けます。
この地で酪農場を営むのは、東京でパン屋を展開する会社をルーツに持ち「おいしいパンをつくる」ことを目指して放牧酪農を始めた“美瑛放牧酪農場(株式会社 美瑛ファーム)”。100頭ほどの乳牛たちが、広大な牧場でゆったりとした時間を過ごしています。
美瑛放牧酪農場の名物は?と聞かれたら、生乳やそれを使ったパンはもちろんのこと、牧場にある工房で作る「チーズ」だと答える方も多いはず。チーズ作りは、社長の西川さんが牧場をはじめたときから構想に入っていたそう。製造は、もともと牛舎で乳牛のお世話をしていたという小熊 章子(おぐま しょうこ)さんが担っています。小熊さんはフランスで2年半の修行を積み、この工房をオープンしてわずか3年でジャパンチーズアワードにて日本一に輝きました。
そんな小熊さんがつくるチーズは、まさに本場・フランスのチーズの味わい。ファンが多く、美瑛だけでなく東京の店舗でも販売され、いまや大人気の商品です。出荷量が増える一方で、課題も生まれてきたんだそう。
それは、チーズを作るときに発生する食品副産物である「ホエイ」の使い道。そもそもホエイとは、チーズを製造するときに固まらなかった成分(乳清)のことで、生乳の量に対してチーズは10%ほどしか作られないのに対して、ホエイは90%程度を占めます。本来は食べられる部分のはずなのに、その量と価格のバランスから現在は多くが捨てられてしまっています。
そのホエイをどうにか活用できないか、という思いから製造がスタートしたのが、ホエイを使ったスイーツ“BROWN CHEESE BROTHER(ブラウンチーズブラザー)”。現在は、美瑛放牧酪農場のホエイも用いて作られています。
対談:小熊 章子(美瑛放牧酪農場)× 山川 将弘(森林ノ牧場)
美瑛放牧酪農場では、ホエイを活用することでどんな変化が起きたのか。そして、この先に考える酪農の未来とは。チーズ製造に最前線で関わる小熊さんに、“森林ノ牧場”の代表として放牧酪農を営みながらチーズ製造を手掛け、さらにGOOD NEWSの役員として日本全国の酪農家とともに乳製品を使った商品開発を行う、山川がお話を伺いました。
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話し手:
美瑛放牧酪農場 チーズ製造
小熊 章子(おぐま しょうこ)
北海道美瑛町の放牧酪農場・美瑛放牧酪農場にて、チーズの製造を担当。幼い頃から牛乳が大好きで、大学ではアニマルウェルフェアの観点から家畜にとって苦痛の少ない環境で飼育を学び、牧場に就職。牛舎での牛の世話係やヨーグルト等の乳製品製造を経て、フランスにて2年半チーズの修行を行ったあと、チーズの製造を担っている。
美瑛放牧酪農場(株式会社 美瑛ファーム)2009年にスタートした、北海道美瑛町に位置する放牧酪農場。広大な土地で4種の牛を60頭ほど飼育しており(ジャージー種、ブラウンスイス種、ホルスタイン種、モンベリアード種)、「牛をありのままの姿で飼育する」という方針に基づいて通年放牧でストレスフリーの飼育環境を整備。2020年にチーズ工房を設立し、ハードタイプの「フロマージュ・ド・美瑛」が2022年のジャパンチーズアワードにて最高賞を受賞。WEBサイト:https://biei-farm.co.jp/
聞き手:
森林ノ牧場 代表 / GOOD NEWS 役員
山川 将弘(やまかわ まさひろ)栃木県那須町の放牧酪農場“森林ノ牧場”代表。幼少期に北海道で乳搾りをした際に感銘を受け、酪農に興味をもち放牧酪農の道へ。牧場を経営しながら、バターを製造する際に出るスキムミルク(無脂肪乳)を活用すべく、那須の仲間たちとともに「バターのいとこ」を発売。その後“GOOD NEWS”の役員に就任し、2021年には“チーズ工房 那須の森”の事業を継承。現在はチーズ製造の際に出るホエイを活用するため、GOOD NEWSにて「BROWN CHEESE BROTHER」を開発するなど、大好きな酪農の価値をあげるためにさまざまな事業に取り組んでいる。
森林ノ牧場
2009年より、栃木県那須町にてスタートした放牧酪農場。那須の緑豊かな高原でジャージー牛を飼育し、牛1頭1頭と向き合いながら放牧酪農を営んでいる。現在は、生乳の他、バターやチーズなどの乳製品の自社製造・販売も行っている。
WEBサイト:https://www.shinrinno.jp/
チーズ工房那須の森
栃木県那須塩原市にある、2008年創業のチーズ工房。那須の生乳を使ってつくるチーズは、しっかりと味わいや香りがありつつもクセが強すぎない、日本人好みの味わい。中でも「森のチーズ」は、イタリアで開催された「World Cheese Awards 2019」において、最高ランクであるスーパーゴールドを受賞。
WEBサイト:https://nasunomori.jp/
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山川:
もともと、ホエイはどのように使っていましたか?
小熊さん:
この取り組みを始める前はリコッタチーズなど低脂肪のチーズを作っていましたが、量が追いつかず廃棄することも多々ありました。なかなか売り先や活用方法が見つからなくて、保管しておくのにも手間やスペースが必要になってしまうので。今うちの工房では3タイプのチーズを製造していますが、そのうちのひとつ「フロマージュ・ド・美瑛」というハードタイプのチーズを製造する際に出るホエイは、GOOD NEWSさんのおかげでほぼ全量を活用できています。
山川:
たしかに、ホエイは捨ててしまっているところも多いよね。
小熊さん:
そうなんです。でも、当時からホエイを捨ててしまうのはとてももったいないなと感じていました。生乳や生クリーム、バターなどは価値がつくのに、ホエイやスキムミルクはなかなか使い道がない。形は違えど、牛から搾った生乳の一部に変わりないのでどうにかできないかな?と。でも正直、使い道が思いつきませんでした。その時に山川さんからお話があって、うちのホエイをGOOD NEWSさんのお菓子「BROWN CHEESE BROTHER」の原料として活用いただけることになりました。
山川:
ホエイを活用するといっても量が多いし、自分たちだけで使い切るのはなかなか大変だよね。ちなみに、GOOD NEWSとの連携にあたって何か苦労はあった?
小熊さん:
まさに。自分たちの工房やお店で使い切るのは難しいので、お菓子の素材として販売できるのはとてもありがたかったです。ただ、ホエイを袋に充填してお菓子の工場に送らなければならないので結構重労働で、慣れるまでその作業は少し大変でした(笑)
山川:
現場では他のスタッフも巻き込むことになったと思うけど、最初はどんな反応だったのかな?
小熊さん:
現場のスタッフは日々細やかな作業を行っていて、何か新しいことを始めると日々の業務を調整しなくてはならなくなるので、変化に対してなかなかポジティブな気持ちにはなりづらい側面があって。自分もそういうことがあったので分かります。けれど、本当に必要なことは、実現するためにはどうすればよいかを考えて行動すること。私としてはできる限り生乳から生まれた素材を使い切り、廃棄をなくすことは必要なことだと思ったので、今回実行にうつしました。
山川:
スタートしてからしばらく経ったよね。今の現場は、どうですか?
小熊さん:
今はその作業自体が日々のスケジュールに組み込まれているので、ホエイを活用することが当たり前になっています。むしろ捨てる方がもったいないと感じるようになりました。それだけでなく、今活用し切れていない他の素材もどうにか活用できないか?という前向きな気持ちになってきています。
山川:
おお!それは素晴らしいね。これから取り組んでみたいことはありますか?
小熊さん:
ホエイに続き、今活用しきれていない素材を使って何か作れないか?ということを考えていて。例えば、スキムミルク。バターを作る際に出るのですが、量が多くなかなか使いきることができていません。スキムミルクの特性が生かされるチーズやお菓子など、活用方法を考えたいなと思っています。
山川:
スキムミルクか!GOOD NEWSでは、スキムミルクをつかった「バターのいとこ」という商品があります。でも、そもそもなぜ素材を活用することが大切だと考えたの?
小熊さん:
まずひとつは、もったいないから。酪農家は、毎日自然環境や牛たちと向き合い生活しています。そこからいただいた素材を、無駄にすることはしたくありません。できる限り使い切る、という姿勢がとても大切だと思っています。
もうひとつは、酪農家として牛を育てて搾乳することだけでなく、自分たちで売って届けることも考えないといけません。そのためには、いまあるものの価値を正確に伝えることと、いま価値がついていないものに価値をつけることの両方が大切です。ホエイはいい例で、今まで価値がつけられていなかったものが利益に変わってきています。
山川:
まさに、牧場もしっかりと利益をだして「続けていく」ことは重要だよね。
僕たちは日々牛1頭1頭と向き合って生活していて、牛たちは家族のような大切な存在。だからこそ、牛はもちろん、環境にとっても地域にとっても良い循環を生み出す経営を意識することが大切で。そんなみんなにとってサステナブルな状態をつくることが、これからの酪農家には求められていくと思う。そのうちのひとつとして、素材を活用しきる方法を考えたい。
小熊さん:
まさに、そうですよね。私もその重要性を感じています。でも、どんな形で利益を生んでいったらいいのか、分からない人も多いと思います。山川さんは何かアイディアはありますか?
山川:
乳製品は、地域や土地、気候などによって様々なバリエーションがあるよね。なんでこの乳製品が作られたのか、というのは必ず理由がある。長期保存だったり、おいしく食べるためだったり。インドだとギーのようなオイルになるし、ヨーロッパだとチーズやバターになる。日本の酪農においても、その地域の特性を生かしたものづくりが重要になってくると思っています。
小熊さん:
なるほど。酪農は日本全国いろんな場所で年中取り組めるからこそ、どんな乳製品に加工するのか、その土地土地の地域性が出てきそうで興味深いです。それに、牛乳は餌によっても味が変わるから、同じものを作っても地域によって違った味わいになりますよね。
山川:
そうそう、餌についても、できるかぎり地域のものを活用する「ローカルフェッド」、つまりその土地で育った作物を牛に与える地域循環型酪農を実践して広げていけたらいいな、と思っています。これからは、そんな地域全体の価値を高める酪農に取り組んでいきたいです。
今回話してきた、放牧酪農やチーズ工房、ホエイの活用の取り組み、そして「ローカルフェッド」ならぬ地域循環型酪農についても、既にあるものがうまくつながることで、地域の価値を高め、人生を豊かにするため。まさに、GOOD NEWSで大切にしている「GOOD LINKS, GOOD LIFE」という考え方に通じていて、「BROWN CHEESE BROTHER」の商品開発も同じです。食べれば食べるほどもっとたくさんのホエイが活用できるようになり、そうして食べる人も、原料を作る生産者も、地域も、みんなが嬉しい、そんな気持ちの良い循環が生まれる商品づくりを続けていきたいです。ここ10年くらいで日本でもチーズ工房が増えてきたし、これからはチーズだけじゃなくてホエイの活用方法もどんどん進化していくんじゃないかな。とても楽しみです。
それに牧場として、素材の活用はもちろん、場所としての価値も高めていきたい。牧場に足を運んでもらった人に「ここに来てよかったなあ」と思ってもらえる場所でありたいです。そして、その地域のお店や場所にも遊びにいってもらえたら嬉しいです。
地域から「おいしい」を、届けること。そして、「おいしい」が人と地域をつなげること。地域と食のサステナビリティを大切に、食べ手、作り手、地域、みんなが幸せになれる心地よい循環の実現を目指して、GOOD NEWSは今日も考え続けます。
10月28日、29日(土日)に那須で『チーズとホエイの祭典』を開催します!
切っても切れないチーズとホエイの関係性。チーズも、ホエイも、どちらも最大限に楽しめるように・・・!各地から生産者や料理人が一同に集い、美味しいチーズやこの日限りの特別な料理やスイーツ、ドリンクなどを提供します。
日時:10月28、29日 10時から16時
会場:GOOD NEWS NEIGHBORS(栃木県那須郡那須町高久乙24-1)
GOOD NEWSの取り組みに共感してくださる酪農家さんを募集中!
GOOD NEWSでは、今回の「美瑛放牧酪農場」さんとの取り組み内容に共感してくださる酪農家さんや工房を募集中です。牧場でのお困りごとや、ホエイのような食品副産物の活用など、お気軽にご相談ください。
▼お問い合わせ先
リンク:https://gooooodnews.com/contact/
牧場で、一緒に働く仲間も募集中!
今回登場いただいた「美瑛ファーム」と「森林ノ牧場」では、現在スタッフを募集中。チーズやバターなどの乳製品の製造・販売など、酪農の魅力を伝えて届けるお仕事です。ご興味をお持ちの方は、下記リンク先より詳細をお問い合わせください。
▼お問い合わせ先
美瑛ファーム:https://biei-farm.jbplt.jp/
森林ノ牧場:https://www.shinrinno.jp/recruit/