【GOOD NEWS NEIGHBORS -北海道・道東編-#4】お客さんから絵が届く『花紬』で出会った、喜びも悲しみも愛で包み込む優しいお菓子
お菓子屋さんの取材で泣くとは思っていなかった。だって、甘いものと涙はすごく遠い存在のはずじゃないか。だけど、釧路の『花紬』で聞いたのは愛と人情の話だった。
市内の和菓子店で働いていた浦田信介さん、友美さん夫婦が独立したのは今年7月のこと。信介さんが40歳になる節目に独立し、2人で『花紬』を開業した。
「お店を始めるにあたって、まずはお客さんにゆっくり選んでもらえるようにしたくて売り場を広く取りました。お菓子を選んでいるときに店員さんが近くにいると、急かしているようで嫌だなと思って。厨房も今はガラス張りで見えるようにしているお店が多いですけど、信介はシャイで見られていると作れないので壁を立てました。ただ閉鎖的になるのは嫌だったので、窓だけはつけたんですよ。そしたら、そこから手を振ってくれるお客さんもいて。明るい雰囲気になってよかったなと思ってます」
『花紬』の店内には、浦田夫婦を描いた絵がたくさん飾られている。それらはすべてお客さんのお子さんから贈られたものだそうだ。一体、どういうきっかけで絵が届くようになったのだろうか。友美さんは、次のように話す。
「私は、お菓子だけではなく自分たちも商品のひとつだと思ってて。だから、変な話、商品を買わなくても、ふらっと来てもらえるようなお店にしたいんです。辛いときでも、嬉しいときでも、困ったときでも、思い出してもらえる人になりたくて。そういう気持ちがあるので、お店でもSNSでも、なるべく自分たちが考えていることを素直に伝えるようにしています。そうしているうちに、いろんな方が応援してくださるようになって、絵やお手紙をいただくようになりました。うちのお店に来て、『和菓子屋さんになりたい』って言ってくれた子もいて。それはちょっと自慢ですね(笑)」
「信介はシャイな性格で、思っていることがあっても言葉に出すのが得意じゃないんです。それをお菓子作りにぶつけているから、想いの部分を伝えるのは私の役目だと思っています」と話すように、花紬では信介さんがお菓子作りを、友美さんが接客や情報発信を担当している。
お菓子作りに対する信介さんのこだわりは非常に強く、友美さん曰く「私が触るのも嫌なんですよ」とのこと。最初はアップルパイにジャムを塗る作業などを手伝っていたが、気づくと信介さんが手直しをしていた。「ジャムの塗り方ひとつにしても仕上がりが変わるみたいで。そこは信介の領域なので、徹底的にやってもらって納得いくものだけを出してほしいなって、今ではそう思っています。前は喧嘩もしましたけどね(笑)」。
そういう話を笑ってできるところに、ふたりの仲のよさと絆の深さが感じられる。寡黙な職人と、いつも笑顔の女将。話を聞けば聞くほど、いいコンビで、我々もふたりの魅力に引き込まれていった。
たくさんのお客さんから愛され、順風満帆に見える花紬だが、開業に至るまでには大きな決意があった。別件で信介さんが外に出たあと、友美さんがこれまでの経緯を聞かせてくれた。
「独立する前は仕事が大変で、信介が笑顔でいられないような時期もあったんですよね。私は、それを見ているのが本当に辛くて。だから、ふたりでお店をやろうって話したんです。そしたら、信介が目に涙溜めて、一言だけ「ありがとう」って言ってくれて。そのときに決めたんです。私は何があっても、信介とお店を守っていこうって。職人さんって、やっぱり孤独じゃないですか。だから、私は常に一番の味方でいようと思っています」
友美さんは信介さんを口下手な人だと言ったが、彼女にはそれを補ってあまりあるほど信介さんの魅力を伝える情熱がある。僕らはもうすっかりふたりのことが大好きになっていた。
新千歳空港での出店依頼について、信介さんはとても喜んでいて「自分は気持ちを上手く伝えられないかもしれないけど、精一杯頑張る」と話していたという。
それを聞いた宮本さんは、一呼吸おいてから「僕らも精一杯売らせてもらいます」と力強く答えた。
そのやりとりに涙腺を緩ませていたのは、僕だけではなかったはずだ。その場にいたみんなが静かに感情を噛み締めていた。お菓子屋さんの取材で泣くとは思っていなかった。
▼ドット道東的オススメポイント
絵本に出てくるようなアップルパイがある、と友人から聞き、訪ねたのが信介さんと友美さんが勤めていたお店だった。そこからアップルパイを求めて通うようになり、気がつけばふたりのファンになっていた。私のようにふたりの人柄に惚れている人がたくさんいる。それは店内を見れば一目瞭然だ。美味しいお菓子を作る信介さん、それを伝える友美さん、そして応援するお客さんの想いに溢れたお店にぜひ来てほしい。